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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)599号 判決

原告 瀬戸秀夫

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人弁護士 山平一彦

被告 六甲山真言宗多聞寺

右代表者代表役員 越智宇多雄

右訴訟代理人弁護士 小牧英夫

同 原田豊

同 小野正章

同 山内康雄

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告の前代表役員亡越智賢雄により昭和四六年九月二三日神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第三七六、七六〇号遺言公正証書をもってなされた訴外越智宇多雄の被告代表役員兼住職選任は無効であることを確認する。

2  昭和四七年一一月一五日兵庫県知事認証の被告規則変更は無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  本案前の答弁

1 原告らの請求を却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(二)  本案についての答弁

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、本案前の抗弁について

1  被告寺は原告らには本件訴につき当事者適格ないし確認の利益がないと主張するのでこれを検討する。

(イ)  被告寺は、原告らが実質的には信徒であって檀徒ではない旨主張する。

ところで仏教持院における檀徒とは、その寺院の教義を信仰して自己の主宰する葬祭を一時的でなく之に委託し、寺院の経費を分担するものをいい、信徒とは、その寺院の教義を信仰して自己の主宰する葬祭を一時的に委託し、その限度で寺院の経費を分担する者をいうのであり、右両者の区別の標準は、信者と寺院の密接の程度によるものと解される(別冊ジュリスト宗教判例百選五〇頁、五八頁参照)。そして檀徒は寺院の人的構成要素をなすものと解するのが相当であり、信徒は寺院との結びつきが稀薄なためその人的構成要素とはいえないものと解される。

≪証拠省略≫によると、被告寺の規則では、「この法人の教義を信奉し、所定の儀式に参加し、この寺院の維持発展に協力するものを檀信徒という」(旧規則第一八条第一項)、「檀信徒はこの法人の維持経営、教化事業に協力し、その経費を志納するものとする」(同条第二項)、「檀信徒になろうとする者は、この法人に対してその旨を申請しなければならない」(同第一九条第一項)、「檀信徒がこの寺院から離れようとするときはその届出をしなければならない」(同条第二項)と各定められ新規則第二二条にも旧規則第一八条と同旨の規定がおかれていることが認められ、また≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、

被告寺の檀信徒には、その地位が、離檀の意思表示をしなければ子孫代々伝わるものと、一代限りで終るものとがいるが、被告寺はそのいずれをも檀信徒として同等に扱っていること、被告寺は、右檀信徒については、住所録程度のものではあるが名簿を備えていること、右檀信徒は被告寺の行事に参加し、同寺の日常経費は被告寺が自ら賄っているけれども年二回の祭や同寺の営繕など特別の場合には労力を提供したり寄付をしているものであり、従って同寺の経費を日常的にではないが負担しているものであり、檀信徒の主宰する葬式も被告によってとり行われていること、被告寺の旧規則では総代は檀信徒のうちから衆望あるものを住職が選任するものと定められている(旧規則第一六条)(新規則第二〇条では右選任者は代表役員と定めている)が、従来同寺の檀信徒とその構成員をほぼ共通にする上唐櫃村林産協同組合で選出されたものが、右総代として被告寺の住職から選任されるのが常であったこと、被告寺の規則上、同寺の財産の設定、変更、一定の場合の財産の処分、規則の変更等については総代の意見をきかなければならない旨、また、規則の変更のうち被包括関係の設定を伴う場合には総代の同意を要する旨、各定められており(旧規則第二三条、第二五条、第三九条、新規則第二五条、第二七条、第四一条)、従って檀信徒には総代を通じて寺務に関与できる余地が規則上あること、原告らは被告寺の右檀信徒に属すること、以上の事実が認められ、右認定事実によると、原告らを含む右檀信徒は、被告寺の教義を信仰して自己の主宰する葬祭を一時的でなく之に委託し、同寺の経費を(日常的に分担するとはいえないにしても)分担するものということができるから、規則上檀信徒といわれていても実質的にみて、被告寺との関係で前記の信徒の程度を超え前記檀徒に該当すると認めるのが相当である。

もっとも、≪証拠省略≫によると、被告寺は一般には信徒寺と呼ばれており、その総代も信徒総代と同寺自身呼んでいることは認められるけれども、右呼称が使われていることをもっては被告の檀信徒が実質上檀徒であるとの前記認定に影響を与えるものとはいえず、また、証人岡田明の証言中、前記認定に反する部分は、それが、檀徒というためには寺院の経費を日常的に分担することを要するとする見解のもとになされたものであると同証言自体から窺える点および≪証拠省略≫に対比して直ちに採用できず、なお、右証人の証言からも、檀徒は一代で終るものではなく子孫に伝えられるのを慣行としていることは認められるが、後記の如く寺院の構成要素となるかの点で意義をもつ檀徒の定義をするに当っては、右慣行に従っていることを檀徒の要件とする必要はないものと考えられるし、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

(ロ)  右(イ)で認定した、原告らが被告寺の檀徒に該当することに同(イ)で認定した、原告らを含む被告寺の檀信徒の規則上の地位を併わせ考慮すると、原告らは被告寺の人的構成要素と認めるのが相当である。

(ハ)  被告寺の旧規則第七条第一項には、被告寺の住職はその在職中代表役員となる旨定められていることは当事者間に争いがない。

そうすると、前記認定した如く原告らが実質的に被告寺の檀徒で同寺の人的構成要素と認められる以上、その帰依する同寺の住職すなわち代表役員が何者であるかについて直接利害関係があり、かつ右利害関係は法律上の利害関係であるというべきであるから、原告らは亡賢雄のなした本件代表役員兼住職選任行為の効力を争うにつき確認の利益ないし当事者適格があるといわなければならない。また、寺院規則は当該寺院の人的構成要素たるものを拘束するものであるから、人的構成要素たる原告らは、原告ら主張にかかる、被告寺のなした本件規則変更につき直接の法律上の利害関係を有することも明らかである。

(ニ)  右のようにみてくると、原告瀬戸が被告寺の総代の地位にあるかを調べるまでもなく、原告らは本件各訴につき確認の利益ないし当事者適格を有するものであるから、これがない旨の被告の前記主張は採用できない。

2  次に、本件規則変更は主務官庁の認証が取消されない限り有効であるから本件規則変更の無効確認の訴は不適法である旨の被告の主張の当否を調べる。

宗教法人法に定める規則の変更に関する主務官庁の認証は、宗教団体が変更しようとする事項につき、それが法定の要件を具備するか否かを審査し、右要件に適合するものについてそれを公証するにとどまる認可的行為(行政処分)であり、規則変更の効力を完成させるための行為であって、独立の創設的効力を有しないものと解されるから、規則変更そのものが無効なときは、主務官庁の認証によって規則変更が有効となるものと解すべきではない。

右のとおり認証が規則変更の効力を完成させるための行為(講学上いわゆる補完行為)である以上、規則変更が無効である場合は認証もまた、(瑕疵の重大明白なりやを論ずるまでもなく)無効となるべき筋合であって、認証が取消されない限りは有効であるということにはならない。

そうすると、本件において、被告寺が兵庫県知事の認証を得て昭和四七年一一月一五日本件規則変更をしたことは当事者間に争いがなく、右認証が取消されていないことも弁論の全趣旨から明白であるが、右認証が取消されない限り本件規則の変更は有効であるからその無効確認を求める本件訴は不適法である旨の被告の主張も採用できない。

3  以上みてくると被告の本案前の抗弁はいずれも理由がないこととなる。

二、本案について

1  ≪証拠省略≫によると被告寺は真言宗の寺院であることが明らかであり、請求原因第2項および同3項(イ)のうち、旧規則第七条第二項および同第三条に、原告ら主張の如き文言が定められていること、宇多雄が僧侶としての資格をもたないものであることは当事者間に争いがない。

右事実によると、旧規則第七条第二項は、「当寺院の住職は前任者がこの寺院の後任住職たるべき適任者として予め選任した者をもってこれに充てる。その選任は文書(遺言書を含む)でしなければならない。」と定めているものであるところ、原告らは、右規定は、「住職たるべき適任者として選任される者が、客観的に真言宗の僧侶としての相当の資格ないし素養を有することを要件としているものと解すべき」旨主張する。

なるほど、≪証拠省略≫によると、「住職」の日本語の語義は、大要「(1)一寺を管掌する、(2)僧侶であって、(3)一定の有資格者の中から任命されるのが普通である」と認められるけれども、本件の被告寺旧規則には住職選任に関する前記条項が存在し、同条項は、文理上、旧規則の他の条項と併せ考えても原告主張の如き要件を定めたものとは解されず、更に≪証拠省略≫を併せ考えると、包括団体に属する寺院の住職は、いずれもその宗派の僧侶たる資格を有する者が就任するのが普通であるが、包括団体に属さないいわゆる単立寺(被告寺は単立寺である)の場合には、僧侶としての資格のない者が代表役員となっている寺院は多数あり、また、同じく僧侶としての資格のない者が住職に就任している寺院も決してまれではなく、このような寺院では僧侶の資格を有する者に依頼してその寺院の宗教活動を行ってもらっているものであることが認められ、右事実および前記条項を併せると、前記条項第七条第二項にいう住職は前記日本語の語義どおりに解さねばならないものとは認め難く、他に原告の前記主張を認めさせるに足る証拠はない。

そうすると、前記条項は、その文理どおり、何びとが後任住職として適任者であるかを前任住職の判断にまかせたものと解されるから、同条項が後任住職として選任される者につき、被告寺の宗派の僧侶としての資格ないし素養を有することを要件としていることを前提とする、亡賢雄によりなされた本件被告寺代表役員兼住職選任行為が無効である旨の原告らの主張は、その前提を欠くので理由がなく採用できない。

2  被告寺が兵庫県知事の認証を得て昭和四七年一一月一五日本件規則変更をなしたこと、および請求原因第5項中、旧規則第一〇条第一、二項、第五条、第九条に原告ら主張の如き規定がなされていることは当事者間に争いがない。

原告らは、本件の宇多雄が被告寺の住職兼代表役員に選任されたことが無効であるから、右規則変更は、責任役員の合議を総理する代表役員を欠き、かつ責任役員の員数を欠いた状態で行われたことになり手続上無効である旨主張するが、宇多雄に対する右選任行為が無効といえないことは前記のとおりであるから、右選任行為の無効を前提とする被告の右主張も理由がないといわざるを得ない。

三、以上のようにみてくると、亡賢雄によりなされた宇多雄の本件住職兼代表役員選任行為の無効確認および、昭和四七年一一月一五日兵庫県知事認証の本件被告寺規則変更の無効確認を求める原告らの本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

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